2014年4月18日金曜日

ど素人のための中文契約書入門(その2)


あくまでもILTが読んできた範囲での印象ですが、中文契約書(正しくは中国企業が提案してくる中文契約書の案)の特徴は以下です:

 

      内容が、極めて厳しい場合が多い。

      (英文契約書と異なり、日文契約書と似て)誰が何をするのかが明記されておらず、推測が必要な場合が多い。

      (英文契約書と異なり、日文契約書と似て)同じ意味を表現するのに、異なる単語・表現を使用している場合が多い。

      契約書内の「定義」が適当な場合が多い。

      (英文契約書と異なり、日文契約書と似て)「甲方」「乙方」「丙方」という表現を使う場合が多い。

 

以下、より詳しく見ていきます。

 

      内容が、極めて厳しい場合が多い。

 

これには、3つの理由が想定されます。あくまでもILTの推測ですが、

 

まず一つは、相手が契約書の内容を遵守することを、本当の意味では期待していないのではないかということです。実効性を期待していないので、あくまでも理想論のような内容で書き連ねてしまうのではないかと。

 

もう一つは、交渉を前提に、なるべく自分に有利な条件で落とし所を探っていくため、とりあえず自分に極めて有利な条件から始めようとするのではないかということです。

 

最後に、日本と似て、「お客様は神様です」的な発想があるのではないかということです。もっともこれについては、ILTの会社では買う場合でも、まず相手に条件を出させるという慣習があるため、検証はできていません。

 

      (英文契約書と異なり、日文契約書と似て)誰が何をするのかが明記されておらず、推測する必要な場合が多い。

 

これについては、言語学的な要因が大きいと考えます。中国語は、日本語と同じく、「主題優勢言語」(topic-prominent language)と呼ばれる言語で、英語などの「主語(主格)優勢言語」(subject-prominent language)と比べて、述部で表現される動作や状態の「主体」が重視されません。そのため、日本語と同じく、「主体」が頻繁に省略され、場合によっては「主語」さえも省略される傾向があります

 

それでなくてもローコンテクストな言語(low-context language)である英語に比べて、ハイコンテクストな言語(high-context language)である中国語は、日本語と同じく、文章の様々な要素が省略される傾向があります

 

この2つの要因が合わさって、「誰」が「何」をできるのか(権利)、または、「何」しなければならないのか(義務)を規定することが最も重要である契約書と中国語とは、極めて相性が悪いと言えると思います。

 

      (英文契約書と異なり、日文契約書と似て)同じ意味を表現するのに、異なる単語・表現を使用している場合が多い。

 

日英中いずれの言語でも、一般の文章では、同じ意味を表現するのに、できるだけ異なる単語・表現を使用するのが著者の教養を示すものだと一般に考えられていると思います。しかし、「契約書」という「実用品」においては、著者の教養よりも内容の明確さが優先されるべきなのですが、「契約書」という存在がより確立している英語圏と比べて、中国語圏では一般の文章と同じような感覚で書いてしまうのではないかと推測されます。

 

      契約書内の「定義」が適当な場合が多い。

 

「製品」のような一般的な単語を定義する場合でも、「本件製品」とせず、単にそのまま「製品」で定義する場合が多い上に、中国語には大文字・小文字の区別もなく、また太字にするわけでもないため、一般的な話をしているのか、具体的な話をしているのか、一見では判別できないことがあります。これも、low-context×high-contextに連なることだと思いますが、わざわざそこまで明確にしなくても容易に区別&理解できるだろう、という発信側の発想だと思います。

 

      (英文契約書と異なり、日文契約書と似て)「甲方」「乙方」「丙方」という表現を使う場合が多い。

 

これは、日本人だろうと、中国人だろうと、ILTにはまったく理解できない発想です。そうする人たちに理由を聞いてみたいと常々思っているのですが、これまで聞く勇気が出ないと言うか、聞くことで相手の感情を害するのが怖くて、できていません。

 
どなたかこの発想を理解されている方がいましたら、ぜひ教えてください。

2014年4月17日木曜日

ど素人のための中文契約書入門(その1)

今年に入って、結構な数の中文契約書に目を通さなければならない状況に置かれました。
正確には、目を通す「必要」はないけれど、目を通した方が自分の仕事が「楽」になる、という状況に置かれました。

そんなわけで、中文契約書の読解力が少しでも向上するように、いろいろと「小細工」を重ねています。
中国語を本気で勉強する気になれれば、そんな「小細工」は必要ないのでしょうが、これまでのところ残念ながら、中国語を本気で勉強する「動機」を見つけることができていません。
何人かの知人に、(仕事以外で)中国語ができるようになると良いことを質問しましたが、これまでのところ何の回答も得られていません。
聞いた相手が悪かっただけかもしれませんが。

とにかく、
今後その「小細工」を、断続的に紹介していくつもりです。

今回は「10分間で読む中文契約書」です。


これは英文契約書も同じですが、
まず、契約書の各「見出し」の中国語を理解できるようにします。
契約書のどこに何が書かれているかを、大まかに把握するためです。


次に、やばそうな部分を、ピンポイントで読んでいきます。
これをするためには、「やばそうな単語・表現」を、ピンポイントで検索またはスキャニングします。

個人的に一番「やばそう」だと思う単語は「承」です。
「承担」「承诺」「承认」などなど。
もちろん、「损失」「损害」「费用」「责任」なども、明らかに「やばそう」な単語です。
「一切」「任何」「所有」 (すべて「すべて、いかなる」という意味です)も、かなり「やばい」単語です。


 その「やばそう」な部分で、
何が「義務」「禁止=不作為の義務」で、何が「権利」「不作為の権利」なのかを確認してきます。

「義務」:「必须」「须」「应」
「禁止=不作為の義務」:「不得有」
「権利」:「有权」「得」「将」
「不作為の権利」:「不必」「不要」

この「3ステップ」で、「やばそう」な部分について、なんとなく指摘できるようになるはずです。
あくまでも「なんとなく」ですが、、、

2014年4月16日水曜日

「通常損害」としての「逸失利益」

法律文書の翻訳を専門にしていた時からの長年の疑問に、
各種損害カテゴリーの射程・範囲というものがあります。

一度、ロースクールで「契約法」の授業を受講して、
体系的かつ大量にリーディング・ケースを読み込まないと、
本当の意味では理解できないだろうとは思っていますが、
なかなか踏み切れないまま今に至ります。

しかし、
確実に上記を経由しているはずの複数の米国法弁護士に質問しても、
その説明は曖昧に感じます。
私の理解が足りなくて曖昧に感じるのか、
実際に曖昧なのか、
おそらく両方なのでしょう。
今回の投稿は後者に該当する話です。


私が毎朝欠かさず読んでいる法務系ブログに、
「Adams ON CONTRACT DRAFTING」があります。
 http://www.adamsdrafting.com/

2014年4月15日の記事に、
裁判所で「逸失利益」 が「通常損害」と判断されたケースが紹介されていました。
http://www.adamsdrafting.com/referring-to-lost-profits-in-limiting-liability-provisions/

Adams氏は、
著書である「A Manual of Style for Contract Drafting 第3版」(以下、MSCD)で、
4つの理由を挙げて、
「責任の制限」条項において、
「付随的損害」(incidental damages)
「結果的損害」(consequential damages)
「特別損害」(special damages)
「間接損害」(indirect damages)
といった損害カテゴリーを排除することは役に立たないので、
「逸失利益」(lost profits)など、
より具体的な損害の種類を排除するようにと助言していました。
(MSCD 13.123)

しかし今回、
NY州の最高裁判所である「Court of Appeals」(上訴裁判所)で、
下級裁判所である「Supreme Court」(高位裁判所)の判決を覆す形で、
「逸失利益」 を「通常損害」(general damages)と判断する判決が出ました。
ただし、4対3のギリギリでの判決です。
http://www.adamsdrafting.com/wp/wp-content/uploads/2014/04/Biotronik-AG-v-Conor-Medsystems-Ireland-Ltd.pdf
(余談ですが、NY州では「Supreme Court」が下級裁判所で、「Court of Appeals」が最高裁判所と、他州と逆になっています。ややこしいですね。)

そこでAdams氏は、
一般的に「結果的損害」(consequential damages)と考えられていた「逸失利益」(lost profits)ですら、
「通常損害」(general damages)と判断される危険性があるため、
(判決文には、「逸失利益」は従来から、「通常損害」と判断される場合も、「結果的損害」と判断される場合もあったと書いています。おそらく、そうなのでしょう。)
損害賠償の範囲を制限するためには、
「損害金額の上限」(a cap)を明確に規定しておくのが良いと結論付けています。

言うは易し、行うは難し、ですけどね、、、
ILTがこれまで扱った案件で、
合理的な金額で「損害金額の上限」(a cap)を設定できたことはないです。
設定しなくても同じという天文学的数字しか設定させてくれません、、、


ちなみにAdams氏は、
「特別損害」(special damages)は、
「結果的損害」(consequential damages)と同義と、
MSCDに書いていて、
(本ケースの判決文にもそう書いてあります)
「通常損害」(general damages)は、
「直接損害」(direct damages)と同義と、
この記事に書いています。

しかし、
私の理解では、
「直接損害」(direct damages)の反対概念である、
「間接損害」(indirect damages)は、
「結果的損害」(consequential damages)よりも広い概念で、
従って、
「結果的損害」(consequential damages)と「特別損害」(special damages)が同義とするなら、
「間接損害」(indirect damages)は、
「特別損害」(special damages)よりも広い概念ということになり、
「通常損害」と「特別損害」との対比関係と、
「直接損害」と「間接損害」との対比関係との、
各対比関係の相違が、
良くわからなくなります。

ちなみに今回の判決文には、
(おそらくどの契約法の教科書にも同じようなことが書いてあると思いますが)
「通常損害」(general damages)は、
「are the natural and probable consequence of the breach of a contract」であり、
「特別損害」(special damages)は、
「do not directly flow from the breach」であると書かれています。

おそらく損害の範囲は、
「直接損害」(direct damages)と「間接損害」(indirect damages)とにMECEで二分できるけれど、
「通常損害」(general damages)と「特別損害」(special damages)とにMECEで二分できるものではなく、
それ以外の損害も存在するということかもしれません。
(ex.「付随的損害」(incidental damages)、「懲罰的損害」(punitive damages)、「名目的損害」(nominal damages)など。しかし、「懲罰的損害」と「名目的損害」とは「契約法上の損害」とは言えないので、どう扱うのが正しいのか疑問ですね。)

換言すると、
「通常損害」(general damages)=「直接損害」(direct damages)
「特別損害」(special damages)=「結果的損害」(consequential damages)
だけれど、
「通常損害」「直接損害」には、一部の「付随的損害」も含まれ、
「間接損害」には、「特別損害」「結果的損害」に加えて、一部の「付随的損害」、すべての「懲罰的損害」、さらには「名目的損害」も含まれる、
ということかもしれません。
それとも、一部の「付随的損害」は、「特別損害」「結果的損害」に含まれるのかもしれません。

おそらく、
「通常損害」と「特別損害」は、「契約法上の損害概念」だと思うのですが、
「間接損害」は、「(不法行為法など)契約法の範囲を超えた損害概念」である、
ということかもしれません。

それとは別に、
「特別損害」は、「結果的損害」と「付随的損害」を合わせた概念という説明と、
「特別損害」は、「結果的損害」と同義だという説明とが、
いろいろなところで併存しているように思えます。

う~ん、混乱してきました。
(正しくは、長年混乱しています)

損害の概念が完全に理解できるまで、まだまだ先は長いようです。