2018年10月30日火曜日

商社の英語術

同僚である輸出入担当者たちが書く英語の文章が、
酷いです。

しかし、
私が英語講師をしている時に、
生徒たちが同じように酷い英文を書いてきても、
全くイライラしないで添削できていたのに、
同僚たちが酷い英文を書いてくると、
修正する際に非常にイライラしてしまうというのは、
私自身の「期待値」の問題でしょう。

商社の輸出入担当者として給料を受け取っているからには、
(授業料を支払っている生徒たちと違って)
この程度には英語ができて欲しいと、
つい私の「期待値」が高くなるのです。

しかし、
私のその「期待値」は、
非現実的な「期待値」だろうと思います。

その人を、そのポジションに付けて、その給料を支払うという判断をしているのは、
私が働いている会社(≒上司たち)であり、
給料を支払っている会社が、そのような判断をしている以上、
私がとやかく言うことではないと思うからです。

そして、
(彼・彼女の上司たちとは異なり)
その酷い英文を、淡々と修正&指摘・説明していくのが、
私自身が受け取っている給料の対価の一部だと思います。

しかし、
・同じモノ・コトを表現するのに、バラバラな単語・表現を使うなよ!お前は、類語辞典を引きまくるジャーナリストなのか?
・どう考えても、英語の言葉数が足りてないだろ!「どうか、これで意味通じてくれ!」=「この少ない言葉の中に、多くの複雑な意味が含まれていてくれ!」という、謎の願いを込めるのは止めてくれ!
・英語に自信が無くても、今時Google翻訳でも何でもあるのだから、何とでもなるだろ!しかし、そもそも元の日本語の文章がおかしければ、翻訳した英語の文章も使い物にならないわけで、、、
などなど、
イライラの種は尽きません。

もっとも、
母国語である日本語でも、
上記に該当する文章を書く人が多いわけで、
使う言葉が英語に変わったところで、
当然、悪くなることはあっても、良くなることはないです。

まずは日本語教育から、
公教育を徹底的に立て直してもらいたいなと思います。

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